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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)6440号 判決

原告 服部良太郎

被告 株式会社東京相互銀行

主文

原告の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の不動産につき被告のため東京法務局昭和二十七年五月二十七日受附第六〇三〇号を以つてなした根抵当権設定登記及び同法務局同日受附第六〇三一号を以つてなした所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をせよ。前記不動産につき前記登記のある根抵当権が存在しないことを確認する。被告は前記抵当権を実行してはならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求原因として、訴外宮本石材株式会社(以下債務者会社と略称する)は昭和二十七年五月二十日、被告と給付金六百万円の日掛相互掛金契約を結び、原告は右債務を担保するため、右同日、原告、被告間に成立した抵当権設定契約に基づき、債務者会社のため原告の所有に係る別紙目録記載の不動産に第一順位の抵当権を設定し、且つ債務者会社の債務不履行の場合代物弁済として右不動産を被告に譲渡する旨を契約した。然して被告は右契約に基づき同人のため東京法務局昭和二十七年五月二十七日受附第六〇三〇号を以つて根抵当権設定登記を、同法務局同日受附第六〇三一号を以て所有権移転請求権保全の仮登記をそれぞれなした。けれども右登記には根抵当権の設定とあるが右登記の登記原因である前記設定契約においては、根抵当権設定と同時に被担保債権が発生し、且つその範囲が確定しているのであるから名目上は根抵当権となつていても実質は抵当権の設定である。然して債務者会社は前記債務の弁済期間内である昭和二十八年三月九日までに前記六百万円の給付金債務を全額弁済したからこれによつて抵当権は消滅に帰したものである。然るに被告は尚債務者会社に対し債権を有すると主張して前記抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続をせず、却つて昭和三〇年二月八日東京地方裁判所に対し約束手形金債権二百七十万円につき右根抵当権実行任意競売の申立をなし、同裁判所昭和三十年(ケ)第一九七号を以つて不動産競売手続開始決定がなされた。若し前記抵当権設定契約が根抵当権設定契約であつたとすれば、右設定契約は、被担保債権を特定させるに足りる当座貸越契約等の基本契約が存在せず、単に現在及び将来の一切の債務を担保する旨の根抵当権であつて、かゝる根抵当権設定契約は無効である。然らずとするも、本件根抵当権の極度額は五百万円であつて、しかも前記約束手形金債権の成立した昭和二十八年一月二十四日当時、その極度額を超過する六百万円の前記日掛相互掛金契約に基づく被担保債権が存在していたから右約束手形債権が被担保債権となる余地はない。

然して右六百万円の被担保債権が完済され従つて被担保債権が消滅した昭和二十八年三月九日頃、原告は訴外宮本光を通じて被告に対し前記土地建物根抵当権設定契約証書の返還を求めたのであるからこの時において原告は本件根抵当権設定契約を将来に向つて解除したことになる。

よつて請求趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として被告が債務者会社と原告主張の契約をしたこと、被告のため原告主張の各登記のなされていること、原告主張の任意競売申立がなされ、これに対し原告主張の競売開始決定のなされたことは何れも認める。しかし前記不動産につき原告被告間になされた契約が抵当権設定契約であるという点は否認する。右は根抵当権設定契約である。然して本件根抵当権によつて担保される債権は現在及び将来被告と債務者会社との間に締結される相互掛金契約に基づき、又はその他の取引により生ずる債権即ち被告銀行が現在及び将来相互銀行法第二条の定める業務の執行として債務者会社に対してなす資金の貸付金債権であつてかゝる根抵当権の設定は有効である。又根抵当権において債権額が極度額を超過する場合にその時期において抵当権を実行しても右超過部分は根抵当権によつては担保されないが弁済等により債権額が極度額の範囲内に減少するときは超過していた部分も当然根抵当権により担保されることになるのである。然して債務者会社には前記六百万円の給付金債権の他に二百七十万円の手形貸付金があり、右債権が前記根抵当権によつて担保されているのであるから被担保債権は存在し従つて根抵当権設定契約を原告が一方的に解約することはできない。債務者会社に対する前記給付金債権中一部の弁済を受けたことは認めるが金額の点は知らないと答えた。〈立証省略〉

理由

債務者会社が昭和二十七年五月二十日、被告と給付金六百万円の日掛相互掛金契約を結んだこと、原告の所有に係る別紙目録記載の不動産につき被告のため東京法務局昭和二十七年五月二十七日受附第六〇三〇号を以て根抵当権設定登記が、同法務局同日受附第六〇三一号を以て所有権移転請求権保全の仮登記が各なされていること、被告が昭和三十年二月八日、東京地方裁判所に対し債務者会社に対する約束手形金債権二百七十万円について右根抵当権実行任意競売の申立をなし、同裁判所昭和三十年(ケ)第一九七号を以て不動産競売手続開始決定がなされたことは何れも当事者間に争いがない。

原告は前記根抵当権設定登記の登記原因である原、被告間の契約は抵当権設定契約であつて根抵当権設定契約ではないと主張するのでこの点について判断すると、証人宮本光の証言並びに原告本人尋問の結果は何れも未だ以て原告主張の右事実を認定するには足りない。然して他にこれを証する証拠がない。尤も成立に争いのない甲第三号証債務弁済契約公正証書にはその第七条に「第一順位の抵当権を設定する」旨の記載があり、又証人滝口広の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証の二債務弁済契約委任状にはその第四条に「本件債務を担保するため」との記載があり一見原告の右主張を裏書きするかの如く見えるけれどもこれを前者については、その基本となつた成立に争のない甲第四号証債務弁済契約証書第四条の記載、後者については同委任状同条項の他の部分とそれぞれ対比して見るときは前記記載は何れも用語の問題に過ぎなく、これを以て根抵当権か抵当権かの性格決定の根拠とすることは妥当でないことが判明する。又証人宮本光の証言によれば債務弁済契約公正証書(甲第三号証)、債務弁済契約書(甲第四号証)、火災保険金受取方に関する承認請求書二通(甲第五、八号証)が前記給付金債権の弁済された昭和二十八年三月九日頃、被告より債務者会社に返還された事実が認められるが、後記認定の如き返還事情を併せ考察するときはこれも亦原告主張の事実を認定する一資料とはなし難い。却つて成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証、証人野地正男の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二、証人滝口広の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証、同第八号証の二の各記載に証人野地正男、同滝口広の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。昭和二十七年五月二十日、被告と債務者会社との間に給付金六百万円の日掛相互掛金契約が成立した際、右債務及び将来被告と債務者会社間の取引関係から生ずる債務を担保するため原告はその所有に係る別紙目録記載の不動産につき極度額を五百万円とする期間の定めのない根抵当権を設定し、且つ債務者会社の債務不履行の場合、被告の選択に従い、右根抵当権の実行に代えて代物弁済として右不動産を被告に譲渡する旨の根抵当権設定契約並びに代物弁済の予約が原告と被告との間に成立した。然して前記日掛相互掛金契約に基づく六百万円の給付金債務はその弁済期限内である昭和二十八年三月九日までに完済されたがその完済前である同年一月二十四日、被告と債務者会社との間に更に金額二百七十万円の手形貸付債権が成立し、右債権も前記根抵当権により担保せられるに至り、逐次弁済されてはいるが尚七、八十万円の残額がある。前記債務が完済された当時、その契約関係書類として債務弁済契約公正証書(甲第三号証)債務弁済契約証書(同第四号証)火災保険金受取方に関する承認請求書二通(同第五、八号証)が被告から債務者会社に返されたが、土地、建物根抵当権設定契約証書(乙第一号証)は原告に返されては居らず、又原告が訴外宮本光を通じて右証書の返還を被告に請求したことはない。右の事実が認定される。

原告は本件根抵当権は被担保債権を特定するに足りる基本契約が存在せず単に現在及び将来の一切の債務を担保する旨の根抵当権であつてかゝる根抵当権設定契約は無効であると主張するがかゝる契約と雖も必ずしも無効と解すベきでないのみならず、成立に争いのない乙第一号証によれば本件根抵当権は「債務者が現在及び将来被告銀行との間に締結する相互掛金契約に基づき又はその他の取引に因り被告銀行に対し負担する一切の債務を担保する」ものとされて居り、そこに謂うその他の取引とは相互銀行が業務としてなす銀行取引を指すものと解せられ、所謂包括根抵当を無効とする立場においても右の程度の限定あるものは尚有効と見られるから、原告の前記主張は理由がない。

又原告は根抵当権において既に極度額を超える被担保債権があるときは他に被担保債権の成立する余地がなく従つて前記給付金六百万円の被担保債権の存する間は後に成立した手形貸付債権は被担保債権たり得ない。故に右給付金債権が昭和二十八年三月九日までに完済されたことにより被担保債権が消滅したのであるからその頃被告に対してなされた原告の本件根抵当権設定契約解除の意思表示により本件根抵当権設定契約は将来に向つて解除されたことになると主張する。

一般に存続期間の定めのない根抵当権において被担保債務が存在せず然も正当事由あるときは根抵当権設定者において一方的に将来に向つて右設定契約を解約し得ると解すべきことは継続的関係たる根抵当権の性質上言うを俟たないところであつてこの限りにおいて原告の主張は正しい。然し乍ら根抵当権においては設定契約によりこれに包含される債権である限り極度額を超過する債権の部分は勿論他の債権と雖も観念的には被担保債権たるを失わないのであり、唯極度額の関係上現実に優先弁済を受くべき額は極度額の範囲に止まるに過ぎないものである。従つて前記手形貸付債権も本件根抵当権における被担保債権たることは疑いなく、唯その成立当時においては極度額を超過していたということのために観念的被担保債権に過ぎなかつたものが現実的被担保債権であつた前記給付金債権が弁済によつて消滅すると同時に当然に現実的被担保債権の地位を取得したことになる。然して前記認定の如く、昭和二十八年三月九日当時、手形貸付債権として被担保債権は存在していたのであるから、たとえ原告主張のようにその頃本件根抵当権設定契約解除の意思表示がなされたとしてもそれは被担保債権の不存在という前提要件を欠くものとして無効であり、従つて根抵当権は依然存在するといわなければならない。

尚原告は設定契約当時被担保債権が具体的に特定している場合には通常の抵当権であつて根抵当権たり得ないと主張する。勿論根抵当権の主たる目的は設定当時には未発生、未確定の将来の債権を担保するにあることは言うまでもないがそれと共に設定当時既に発生、確定している債権をも併せて担保することを妨げるものではない。これを本件根抵当権について見るに、前記認定の如く本件根抵当権設定当時、給付金六百万円の確定被担保債権の存在したことが認められるが、同時に他の未発生債権をも担保する趣旨の下に本件根抵当権を設定したことを窺うに難くないから右主張も亦理由がないと言わねばならない。然りとすれば、根抵当権設定契約が有効に存続し且つ被担保債権も存在することになるから右根抵当権の不存在を前提とする原告の請求は失当である。

次に、前記代物弁済の予約が前記給付金債権についてのみなされた旨の原告の主張については何等の立証がない。

よつて原告の本訴請求は何れもこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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